2016年08月10日

ブックレビュー 「黒のクイーン」 アンドレアス・グルーバー著

黒のクイーン
オーストリア,ウイーンで保険調査を専門に請け負っているフリーランスの探偵ホガート。ある日,得意先である保険会社メディーン&ロイドのウィーン支社に呼び出され,父と親交のあった支社長ラストからチェコのプラハに出向いての調査を依頼される。同社が保険を受けた絵画がプラハで火事に遭い焼失し,その調査に赴いた美術専門の調査員アレクサンドラ・シェリングが行方不明になったというのだ。

シェリングの最後の連絡は「事件の真相は判明した。おそらく絵画も無傷で取り返せるはず」というもの。早速プラハに飛んだホガートは,彼女と同じホテルに宿泊,誰彼となく彼女の写真を見せてその足取りを洗う。彼女がタクシーで出かけた不可解な場所,ベルナルディ小路という娼婦街と,ビヴォンカ通りというこれと言って何もない町…。

手詰まりになった彼は,件の絵画に並外れた執着を持っていると評判の暗黒街のボス,ウラディーミル・グレコを訪ねる。当然ながら歓迎はされず,グレコのこわもてのボディガード,ディミトリにしたたかに殴られるが,居合わせた女探偵イヴォナと知りあい,いろいろと情報を仕入れることができた。

彼女によればプラハでは今年の初めから,拉致した被害者を殺害後,その首と手を切り落とし,ビロードに包んで放置するという猟奇的連続殺人事件が起きている。彼女はその最初の被害者の夫からの依頼で事件を調査中。グレコの屋敷にいたのは彼の家のメイドがその何人目かの被害者として発見されたためだった…。

イヴォナの家で話がその辺りまで進んだところに突然窓ガラスを割って飛び込んできた火炎瓶。自分のコートをイヴォナにかぶせ,外に飛び出したホガートの肩を銃弾が襲う。果たして彼はどんな虎の尾を踏んだのか?

うーん,読み終えて冷静に振り返れば「首と手首を切り落とす」あたりに事件をことさら猟奇的に印象づける以外のなんの意味もないような気がするが,絵画焼失と連続殺人という二つの謎を両輪としてサスペンスを盛り上げる手管は見事。ホンスジには関係ないが(いや,ちょっと関係はあるか),主人公の懐古趣味のディテールが実にオタクで楽しいのもポイント。

「黒のクイーン」をAmazonで検索。


posted by hiro fujimoto at 08:11| Comment(0) |

2016年08月04日

ブックレビュー 「豊臣大坂城 秀吉の築城・秀頼の平和・家康の攻略」 笠谷和比古・黒田慶一著

豊臣大坂城
なぜわざわざ「豊臣大坂城」と「豊臣」をつけるのか。それは当然,最初の,秀吉の建てた大坂城は夏の陣で炎上しており,その後の大坂城は徳川氏の手によって再建されたものであり,寛文5年の落雷による消失以来,実に290年の時を経て昭和6年に再建された現在の天守閣も基本的にこの「徳川の縄張り」を踏襲しているからである。

本書はその徳川の縄張りの下に埋もれた「豊臣の大坂城」の発掘に長く関わってきた城郭史家の黒田先生と日本近世学の泰斗である笠谷先生が,考古学を縦糸,歴史学を横糸にして編み上げた「豊臣大坂城滅亡の真実」である。「プリンセストヨトミ」に出てくる地下道はやっぱりなかったが,それでもいろいろ吃驚すること満載なのだ。

まず「おう」となったのはあの「真田丸」の正確な位置。有名な「真田の抜け穴」があるんだから真田山三光神社がそうだと思ってるヒトが多いが(オレはそれすら知りませんでした)あの穴はどうも徳川方が城攻めのために掘ったものらしく,合戦の様子を描いた屏風絵などから観るとこの神社の西の大阪明星中学・高校のあたりが有力だという。そうかそうか。

歴史学の方からもとんでもない目ウロコ話が。確かオレなんかが履修した日本史の流れでは「天下分目の関ヶ原の戦」で勝った徳川方は江戸幕府を開いて天下人としての実権を豊臣家から奪い取った。破れた豊臣方の宗家,豊臣秀頼は65万石の一大名に転落し…となってた,よね? おおざっぱに言ってそれが安土桃山時代の終わり,江戸時代の始まりですよ。でしょ?

それではなぜ大阪冬の陣,夏の陣が必要だったのか。

ここで笠谷先生はおっしゃる。関ヶ原の戦から大坂冬の陣までの10数年は,巷間思われているような徳川興隆,豊臣凋落の時代ではなく,東・徳川,西・豊臣といういわば二重公儀体制だったんだと。家康は一応,征夷大将軍として武家を束ねる棟梁であったけど,秀頼には「武家」を超える官位である「関白」の就任が,既得権として担保されていたってわけ。

そして,当初はこの二重公儀体制を是としていたと見える家康が,何故突如として豊臣殲滅に舵を切ったのか。…ここは是非ご自分でお読みくだされ。面白いよ。

「豊臣大坂城 秀吉の築城・秀頼の平和・家康の攻略」をAmazonで探す。


posted by hiro fujimoto at 07:44| Comment(0) |

2016年08月01日

ブックレビュー 「自然はそんなにヤワじゃない-誤解だらけの生態系」 花里孝幸著

自然はそんなにヤワじゃない
世に言うエコのキャッチフレーズ,「地球にやさしい★△◎■」というのに昔から違和感があった。それも「ガソリン車の代わりに電気自動車っていうけど,その電気を発電するために燃やしているものはなんなの?」てな枝葉の話ではなくて,もっと根本的というか,プリミティブなところで「うまく言えないけどなんか変ぢゃね?」的なものがあるよなぁ,と。

たとえばみんながキライな(もちろんオレも嫌いだが)ゴキブリだが,見方によってはあのムシ,都会に暮らすニンゲンにとって,最も身近な「自然」のひとつではないの。かつてイシハラ都知事(当時)が憎んでやまなかったカラスも,都会で普通に目撃できる数少ない「野鳥」ではある。ウチの近所では見たことないが(これからも見たくないが)ネズミの類いだってそうだ。なんで「エコ」をいいつつ彼らは「駆除」の対象なのか?

トトロの森を守れ,東京湾の干潟を大切にしよう,サンゴの海に基地なんてとんでもない,豊かな里山こそ日本人の原風景です…。似たような物言いを追いかけて来ると,言っても本人ももしかしたら気がついていない「ホントのコト」が見えて来る。つまり「エコロジストが『大切にしたい自然』って『ニンゲンに都合のいい,ニンゲンにとって快適な自然』なんだよね」ということが,である。

著者の花園先生は陸水生態学の専門家,つまりは湖沼,河川などの生態系を研究しているヒト。この本で先生は,上のような……なんてんですか,ニンゲンの身勝手な自然観というか,われわれが「自然」というとき影のようにつきまとって離れない「ニンゲンにとってココチいい」という言外の限定みたいなものを次から次へガラガラドシャーンとちゃぶ台返ししてくれる。

南アルプスでシカが増え過ぎ,いわゆる「お花畑」を構成する貴重な高山植物,ミヤマキンポウゲやホソバトリカブトなどが食害されている。これらの植物が食われたあとに生えてくるのはシカが食わないマルバタケブキ…。これを聞いて多くのヒトが「マルバタケブキはシカに負けない強い植物」という印象を持つらしいが,それは逆,彼らは「シカにライバルを食ってもらわないと繁栄できない」くらいのチカラしかない植物なのである。それがシカの増加という環境の変化によって捲土重来我が世の春を迎えただけのことではないの。

「自然」という言葉から「ニンゲンにとって都合のいい,ニンゲンにとって快適な」という言外のニュアンスをはぎ取ってみよう。するとまさしくこの本の題名通り「自然はそんなにヤワじゃない」のである。太古の昔,恐竜が絶滅してぽっかりあいた生態系の穴をほ乳類が多様化して埋めたように,時間はかかるかも知れないが生態系の間隙は必ず埋められる。

問題はその新しい生態系のなかにニンゲンの入る余地があるかないか,なのであり,環境破壊の問題の核心は「地球にやさしい★△◎■」なんて夜郎自大かつ上から目線の話ではない。ニンゲンは,自らの所業によって自らを地球の自然,生態系の連鎖から弾き出してしまうほどバカなのか違うのかちゅうことやんけ。終章ちかくで紹介されている映画「アフター・デイズ」の結び。「地球に人間はいらない。だが,人間には地球が必要なのだ」という言葉のなんという重たさよ。

「自然はそんなにヤワじゃない-誤解だらけの生態系」をAmazonで検索。


posted by hiro fujimoto at 08:16| Comment(0) |