2016年09月03日

ブックレビュー 「最後の証人」 柚月裕子著

最後の証人
7年前,三森市の郊外で内科クリニックを開いている医師・高瀬光治は一人息子の卓を交通事故で失った。当時小学5年生,自転車で塾に行った帰り道のこと。卓の後ろを走っていた親友の直樹は「信号は青だったし自動車を運転していた男からは酒の匂いがした」と証言したが警察はなぜかこれに取り合わず,卓の一方的な過失として処理された。

当然ながら納得のいかない高瀬は警察に怒鳴り込み,そこで事故を起こした男・島津邦明が県の公安委員長を勤め,地元ロータリークラブの副幹事,NPO法人のゴルフクラブの顧問,他にもさまざまな肩書きを持つ島津建設代表取締役であったことを知る。しかもこの男は卓に線香の一本を上げに来ることもなく,事故処理はすべて保険屋まかせだった。

それでも諦めきれず共にビラを作って目撃者を探す高瀬夫婦。そんな彼らを次なる不幸が襲う。妻の美津子に治療困難な胸腺癌が発見されたのだ。自暴自棄になって呑みに出た高瀬は,偶然入ったバーで息子の仇・島津を見かける。ホステスを周囲に侍らせて上機嫌の彼はクルマで迎えに来た息子に向かい卓の事故について軽口を叩いた。

帰宅して怒りをぶちまけた高瀬に美津子はひとつの提案をする。自分が島津を誘惑して近づき卓の仇を取る,というのだ。最初は反対した高瀬だったが,迫り来る死を意識した美津子の決意は揺るがない。美津子は島津の主宰する陶芸教室に通い,生徒達の間でも噂になるほど島津に媚を売る,と同時に家ではわざと近所に聞こえるように夫婦喧嘩を演じ…そして事件が。

シティホテルのスウィート,不倫関係がこじれての殺人事件。凶器はルームサービスのディナー・ナイフ。死因は心臓を刺されたことによる失血死。状況証拠,物的証拠のすべてが有罪を示唆している。弁護を依頼されたの元検事,所謂ヤメ検弁護士の佐方貞人は無実を主張する被告人を救うことができるのか。そして高瀬夫妻の復讐の行方は?

ネタバレを避けて書ける内容はこんなもんかな。悪役・島津の人物像がかなり「二時間サスペンス」的にステレオタイプだとか,弁護士・佐方の助手って調査能力ありすぎだろうとか,話のリアリティに関しては瑕疵もあるが,このトリックというかアイディア一発で文庫本1冊読者を引きずりまわす剛腕は見事。いや面白うございました。

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2016年08月30日

ブックレビュー 「自然界の秘められたデザイン 雪の結晶はなぜ六角形なのか?」 イアン・スチュワート著

自然界の秘められたデザイン
雪の結晶が六角形なのはかなりよく知られている事実である。子供の頃,学習雑誌の口絵かなんかで写真を観てその美しさと不思議さに魅せられた憶えのあるヒトも多かろう。でもオレを含む多くのヒトは日々の暮らしのうちにあのときの驚きや感動を置き去りにし,「雪の結晶はなぜ六角形なのか?」という質問に答えられないままオトナになってしまった。

いや,別にオレ,そう言って自分を卑下してるつもりはないんだ。「水に優しい言葉をかけると綺麗な結晶ができるんだよ」みたいなことを信じるほどバカなオトナになったわけぢゃあるまいし。ただそう言えば,なんで空は青い(青く見える)のか,とか,タイムマシンは可能か,みたいに,同じくらいの時期に持ち,今ではちゃんと答えを知ってる他の疑問に比べ,こいつに対する扱いは冷たかったな(雪だけに?)と。

そこに英国の数学者にして著名なサイエンスライターでもあるイアン・スチュアート博士がそいつをテーマに書いた本がようやく訳出されましたよ,という報せ…は来ないが偶然 Web で知ったのである。ページを開くとそこにあるのは冷たいガラス面などの上でシダの葉のように成長した氷の結晶。うんうん,子供のころはこれも好きでした。今知ってる言葉で言えばこれ,フラクタルだったんだね。続いてオウムガイの殻が描く対数らせん,そして本書のメインテーマである雪の結晶…これですよこのウツクシさ!

本文は17世紀の天文学者ケプラー(そう,あのケプラーでんがな)がこの結晶のカタチについて書いた「六角形の雪片について」という本を出発点に,自然界に生じる各種のパターン,虹の配色,波紋,トラやヒョウやシマウマの模様が生じるメカニズムを解き明かし,対称性,対称性の破れ,カオス,フラクタルへと話を拡げて最後は「宇宙のかたち」に到る。

特に対称性とその破れに関する説明はアレックス・ビレンケンの「多世界宇宙の探検〜ほかの宇宙を探し求めて」に出てきた宇宙の誕生を思わせて示唆的。つまり,完全な対称性は不安定だから必ず破れる,という理解は「完全な『無』は不安定なので『有(宇宙)』が生まれた」という理解に繋がりませんか?

子供には…いや,オトナにとっても理解するには結構ホネの折れる内容ではあるが,それでも,そう,中学,高校生くらいの時にこんな本に出会っていたら人生大きく変わっていたかもな,と思う。いま,そういうことに興味を持ってるそのくらいの少年少女に強く激しくお勧めしたい本であります。きっと理科と数学が好きになるよ。

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2016年08月27日

ブックレビュー 「凍った地球-スノーボールアースと生命進化の物語」 田近英一著

凍った地球
スノーボールアース理論,すなわち地質学的な証拠から過去に地球は赤道までぜんぶ凍り付いたことがあるらしいという学説については,かなり以前に「日経サイエンス」(いや,当時はただの「サイエンス」だったかも?)で読んだ記憶があって,この本の存在を知ったときには「ああ,あの学説もどうやら市民権を得たというか,プレートテクトニクスや隕石による恐竜絶滅みたいに「荒唐無稽だがホントらしい」いうことになったのかな,と思った。

買うことにしたのは副題にある「生命進化の物語」って部分に眼がいったから。あれ,だって地球が凍り付いたのは20億年前とかの,まだ地球に生命が生まれてたか生まれてないかわかんない頃の話ではなかったっけ,と。

その方面に不案内なヒトのために(オレだって観てたわけぢゃないが)ざっと地球の歴史をおさらいすると,この惑星はだいたい46億年くらい前に出来上がった。そっから約6億年,これを冥王代というんだが,の間のことは地質学的な記録がほとんど残ってなくてわからない。オレは勝手に「きっとドロドロで何も固まらなかったんだな」とイメージしてるんだけどね。

40億年前になってようやく…神話風に言えば重いものは下に固まり軽いものは上に浮かんで,一応研究対象となる標本みたいなものが残るようになる。これがざっと15億年で「太古代」と呼ばれてる。それに続くのが「原生代」の約20億年。地球最初の生命はこの期間に誕生し,なにがあったのか知らないが,約5億4200万年前になって突然,異常といっていい進化・多様化を遂げた。

これを一般に「カンブリア爆発」といい,こっから現在までを「顕生代」と…地質学的にはいうんだけど,生物史を考えるとそれぢゃあんまり大雑把すぎるだろってんで,この「顕生代」の中身を「古生代」「中生代」「新生代」と分け,それでもまだ足りなくなって「古生代」を「カンブリア紀」「オルドビス紀」「シルル紀」「デボン紀」「石炭紀」「ペルム紀」に,「中生代」を「三畳紀」「ジュラ紀」「白亜紀」に,「新生代」を「古第三紀」「第三紀」「第四紀」に細分化してる。

でだ。

この本によれば,上の原生代前期の約22億年前と,後期にあたる約7億年前の二度,地球は全球凍結,すなわちスノーボール状態となり,そしてまたそのことが生物の進化に多大な影響を与えた,どころかもしこの全球凍結時期がなかったらワレワレは今こんな風に人類ヅラしてこんな本を読んだり酒飲んで酔っぱらったりうるさい選挙カーに悩まされたりしてなかったかも知れないのである(最後のはその方がよかったか)。

なんで地球全部が凍り付くなんて現象が起こりえるのか,とか,どんな証拠が確かにそれがあったことを示しているのかとかいうコマカイことについては実際に読んでいただくしかないが,そこから算出されるハビタブルゾーン(地球のような惑星環境が実現するであろう母星からの距離)の狭さ(0.95〜1.37天文単位…1天文単位は太陽から地球までの距離)にはココで戦慄していただこう。金星(0.72)は太陽に近すぎ,火星(1.50)は遠すぎた。

結論から言えば,ホンマに我々は生きてるだけで宝くじに当たったみたいな存在なのである。だものもう一度は当たらないよ,普通。

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posted by hiro fujimoto at 08:42| Comment(0) |