2017年02月18日

ブックレビュー 「ゴースト・スナイパー」 ジェフリー・ディーヴァー著

ゴースト・スナイパー四肢不随の天才科学捜査官リンカーン・ライムもこれでシリーズ第10作目である。いや,これを書いてる時点ですでに11作目の「シャドウ・ストーカー」も出版されており,しかも白状するとそれを10作目だと思って先に読んでしまったりしてるのであるが,やはりブログで紹介するなら発表順だと思って急いでこっちを読んだのである。

リンカーンの住むニューヨーク,マンハッタンの遥か彼方,中米パナマ,ナッソー市内のホテルに滞在中だった一人のアメリカ人ロベルト・モレノが何者かに狙撃される。銃弾は部屋の窓ガラスを粉砕し,同じ部屋にいた彼のブラジル人のボディガード,そして反米活動家として著名な彼をインタビューしに訪れていたプエルトリコ人の記者を巻き添えにした。

事件の6日後,リンカーンはニューヨーク州地方検事補ナンス・ローレルの訪問を受ける。彼女はこれが米国の公的機関NIOS(国家諜報運用局)による暗殺であり,しかもモレノは単に反米的な意見を発表している論客でであるだけでテロリストではなかったという内部告発を受け,NIOS長官シュリーヴ・メツガーを起訴するための調査を依頼しに来たのだった。

例によって「魅惑的」な事件に餓えていたリンカーン,相手が連邦政府の高官と聞いて身を乗り出す…ことはできないんだっけ,闘志を燃やす。さっそくナッソー の警察当局に連絡を取り,現場で採取された微細証拠の提供を要請するのだが,この殺人事件,あちらでは既に麻薬カルテルの仕業として片づけられていた。

次にリンカーンは被害者モレノがナッソーに飛ぶ前,ここニューヨークで数日間を過ごしていたことに着目。彼が雇ったリムジンの運転手を探し当てたアメリアが彼と長い時間を供にしていたリディアという女性の存在を突き止める。一方,ナッソー警察との折衝に業を煮やしたリンカーンは遂に自らパナマへ飛ぶことを決心するのだが…。

この,リンカーンのパナマ行きがこの作品のサワリなんだが,とにかく当面の「敵」が政府機関であったり,被害者殺害の動機が「テロ防止」であったりという辺りにこれまでのシリーズにはなかった歯切れの悪さみたいなものが生じていて,ちょっともにゃもにゃっとした読後感が残るが,まぁこのシリーズに求められる「水準」はクリアしてるかな。

ちょっと微妙な言い回しになったのは冒頭にも書いたこれの次「スキン・コレクター」が文句なしの傑作だからでもあるんだけど。


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2017年02月05日

ブックレビュー 「シャドウ・ストーカー」 ジェフリー・ディーヴァー著

シャドウ・ストーカー
ジェフリー・ディーヴァー作,四肢不随の天才鑑識官リンカーン・ライムのシリーズからスピンオフした,CBI(カリフォルニア州捜査局)に所属するキネシクスの天才・キャサリン・ダンスが主人公のシリーズ第3作。

趣味でメキシコを始めとするラテン音楽を紹介するサイトを運営しているダンスは,休暇を利用してカリフォルニア州中部,フレズノ近辺に音源収録に出かける。

目的はもうひとつ,友人でもあるフレズノ出身のカントリー歌手,ケイリー・タウンに逢うこと。ケイリーは毎年この時期にゆかりのある地元のホールでコンサートを開くことにしているのだった。

が,そのケイリーはダンスとの再会を喜ぶどころか傍目にもわかるほど動揺していた。彼女の熱心なファン転じてストーカーになってしまったワシントン州の青年,メールアドレスを変更してもなんらかの方法で新しいアドレスをつきとめ数十通,数百通におよぶメールを送り付けてくる男エドウィンがこの街に来ているというのだ。

休暇中ではあるものの伝手をたどってトラブル対策に協力を約束したキャサリン。しかし翌朝予想もしない事態が発生する。ケイリーのロードクルーでデビュー以前からの親しい友人でもあるボビー・プレスコットがコンサート会場の奈落で,照明の下敷きになって発見されたのだ。

ケイリー周辺の話から当然のごとくエドウィンを疑う地元警察。しかしこのエドウィンという青年,ただの頭のおかしいdファンではなかった。その頭の良さにいち早く気づいたキャサリンは,捜査の指揮を執る刑事課長マディガンに警告を発するが,それをマスコミの耳目を集める事件ゆえの管轄外への介入と受け取った彼はエドウィンの仕掛けた罠に落ちてしまう。

相変わらずのディーヴァー節というか,中盤から終盤にかけてこれでもかこれでもかとどんでん返しが繰り返される展開はジェットコースター的に楽しい。その昔,作家の道を選ぶかミュージシャンになるか迷った,というディーヴァーオリジナルの(作中ではもちろんケイリー・タウン作となっている)歌詞が事件のカギとなる趣向も吉。

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2017年01月17日

ブックレビュー 「フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人」 速水健朗著

フード左翼とフード右翼
例えばである。新聞の左翼と右翼を考えてみよう。赤旗とかの政党機関誌は除外するとして,朝日が左翼,産経が右翼という分類でまぁ異論はあるまい。雑誌なんかも新聞と同じ基準で色分けできる。作家なら大江健三郎は左翼で石原慎太郎が右翼,おっとイシハラはむかし三島由紀夫に「天皇なんか尊敬してねぇ」とか言ってたっけが。

とにかくこの色分けをいろんなものに当てはめていく。映画ならパラマウントは左翼でフォックスは右翼,音楽ならジャズが左翼で演歌が右翼,OSならLinuxが左翼でWindowsが右翼,酒で言えば焼酎が左翼でブランデーが右翼てな具合に。いや,別に根拠もへちまもなく書き連ねてるのでそこらで「なんでブランデーが!」とかメンタマとがらせないように。

オレはこんなのとことん印象論というか,落語の「やかん」にでてくる「こち」の謂れみたいなもんみたいなもん(「あの『こち』って魚はなんで『こち』なんですかね?」「こっちに来るから『こち』ぢゃねぇか」「それぢゃ向こうに泳いでったらどうすんです?」「そういうときはおまえが向こうに回ればいいんだよ」ってやつね)ぢゃないかと思うんだが,本書の著者はそうは考えなかったのである。

とりあえず世の中の「食」というものすべてを思いつくまま,地域主義→グローバリズムを横軸に,ジャンクフード→健康指向というのを縦軸にとったマトリックスの上に配置する。例えばマクドナルドのハンバーガーはグローバリズムでジャンクフードという位置に,スターバックスはグローバリズムだけど健康指向の真ん中あたりに,地域主義で健康指向という象限にはベジタリアンやスローフード運動を配置してくという具合。

手法自体はピエール・ブルデューがあの「ディスタンクシオン」でやったのに似ている。が,その配置が恣意的すぎて蓋然性が感じられず,ひたすら「あらそうですか」と思うしかない図ができあがる。

その怪しげな図をもとに著者は地域主義且つ健康指向をフード左翼,その逆のグローバリズム且つジャンクフードをフード右翼と位置づける。かくしてめでたくもオーガニックカフェでランチをとるアナタはフード左翼に,ラーメン二郎に列を作り注文の仕方から食い方にまで講釈をたれるキミはフード右翼ということになる。え,オレはどっちも食うけどどうしたらいいんだって? 知らないよ,オレは逆にどっちも食わないし。

ライフスタイルとしての有機農法などが,実は都市の富裕層によって支えられている現実のルポルタージュや,増え続ける世界人口に食を行き渡らせることのできる可能性があるのは自然農法などではなくて遺伝子組み換え作物ではないのか,という指摘など,ところどころ読むに値する論考はある。の・だ・が,途中から,おそらく最初は「ツカミ」っぽい意味でぶちあげたであろう題名の「左翼」「右翼」の概念に著者自身が振り回されて議論の着地点を見失った感じ。さらっと読めてそれなりに面白いが,残念ながら浅い。


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posted by hiro fujimoto at 08:50| Comment(0) |