2017年02月25日

テロ」 フェルディナント・フォン・シーラッハ著

TERROR
本屋大賞を受賞した「犯罪」,それに続く「罪悪」「コリーニ事件」などで日本でも読者を獲得したドイツの作家,フェルディナント・フォン・シーラッハの2015年の作品「TERROR」の翻訳。昨年6月に出版された。

形式は戯曲。舞台は法廷である。被告はオーバーアッペルスドルフ上空でベルリン発ミュンヘン行きのルフトハンザ機を撃墜し,乗客164名を殺害し起訴された空軍少佐。ドイツの裁判は一般市民から選ばれた参審員が職業裁判官と共に行う「参審制」。検察官が起訴状を読み上げたあと,自ら抗弁しようとする被告人を抑え弁護士が立つ。彼の説明はこうだ。

ニューヨークの世界貿易センターを標的とした2001年9月のテロを受け,ドイツ連邦議会は航空安全法という法律を成立させた。これは悪意ある何者かが飛行機をハイジャックしより大きな被害が予想される施設へ突入を意図する場合,国防大臣の判断により当該航空機に対する武力行使,すなわち撃墜をやむなしとするというものだった。

この法律は2005年に施行されたが,1年後連邦憲法裁判所がこの法律の重要な条文を無効にした。すなわち無辜の人を救うために他の無辜の人を殺すことは違憲である,としたのである。生命を他の生命と天秤に掛けることは許されない,というこの憲法裁判所の判決は,ドイツにおけるすべての国家権力に対する制約となる。

そして2013年,今回の事件が発生した。

7月26日午後7時32分,件のルフトハンザ機をハイジャックしたテロリストは,国家航空安全指揮・命令センターに無線で,旅客機をミュンヘン近郊のサッカースタジアムに墜落させるつもりであることを報せてきた。そのスタジアム,アリアンツ・アレーナではその日ドイツ対イギリスの国際試合が行われており満席,観客数は約7万人。

連絡を受けた空軍総監は警戒飛行小隊,すなわち戦闘機ユーロファイター・タイフーン2機を緊急発進させ,旅客機の操縦席の状況を目視させるとともに,その飛行進路を妨害して強制着陸させるよう命令した。しかしこの妨害はうまく行かず,パイロットは手順にしたがって次ぎに曳光弾と通常弾を混合させた警告射撃を行う。

しかし旅客機は進路を変えず,スタジアムへの到達時刻は刻一刻と迫る。空軍総監は国防大臣に旅客機の撃墜を進言するが,国防大臣は憲法裁判所の判決に基づいてこの進言を却下。その指示を受けたユーロファイターのパイロット,つまりこの裁判の被告人は,その命令が間違いないかを二度確かめた。

そして全員がかたずを呑んでレーダーの画面を見守るなか,スタジアムへの距離が25キロを切る。被告人は「今撃たなければ7万人が死ぬ!」と叫んでサイドワインダーを発射,ルフトハンザ機を撃墜した…。裁判は被告人質問,証人(撃墜された乗客の妻)質問と進み,やがて判決が下される。

これはある種の思考実験でもあり,また異なる価値観の相克を埋めようとする(それは二つの価値観をすり合わせようという意味ではない)試みである。もしあなたが被告の立場であったならどうしたか。夫を奪われた証人の立場であったらどう思うか。シーラッハが提示したいのは「正しさ」ではなく,「正しさ」というものの「正しくないあり様」だと思う。


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posted by hiro fujimoto at 13:56| Comment(0) |

2017年02月19日

ブックレビュー 「スキン・コレクター」 ジェフリー・ディーヴァー著

スキン・コレクター事故で四肢が不自由となった天才科学捜査官リンカーン・ライムのシリーズ第11作目。

かつてライムと文字通りの「死闘」を演じ,遂に逮捕された希代の殺人者ウォッチメイカーことリチャード・ローガンが獄中で心臓発作を起こして死亡した。その報に触れ瞬時感慨にふけったライムはすぐさま,未だ謎だらけであるウォッチメイカーという人物の背後関係を探るべく,ニューヨーク市警の巡査・ルーキーことロナルド・プラスキーにローガンの葬式への潜入を命じる。

時を同じくして市警重大犯罪捜査課のロン・セリットーからライムのもとに持ち込まれた事件。マンハッタンのブティックの店員が在庫を取りに行った倉庫から,ソーホーの地下に張り巡らされた地下道に連れ込まれ殺された。未詳(いつものことながらライムのチームは名前がわからない犯人のことをこう呼ぶ)は被害者の腹部にインクの代わりに毒物を使ってタトゥーを施すことよって死に至らしめていた。

性的暴行の痕跡は皆無で,タトゥーの図柄は文字で「the second」。被害者が抵抗した際に破り取ったらしい書籍の切れ端は,まもなく犯罪実話を集めた絶版本の,しかもかつてライムが解決した「ボーン・コレクター」事件について記したページであることが判明する。未詳の皮膚への執着にあの「ボーン・コレクター」の骨への執着に通じるものを感じ取っていたライムは,この事件が未詳による自分への挑戦であることを確信する。

ライムのチームは現場に残された微細証拠・大理石を辿り,アッパーマンハッタン医療センターに到達。調査に向かったアメリア・サックスは偶然,未詳による中年女性ハリエット・スタントン襲撃を阻止する。辛くも警察の包囲網を逃れた未詳は,ニューヨーク西54丁目のレストランのトイレに通じる地下通路で第二の犠牲者を毒牙にかける。今度のタトゥーは「forty」,毒の種類も違っていた。

未詳の「ボーン・コレクター」事件への傾倒を知ったアメリアは,あの事件の際に彼女が救い出し現在まで妹あるいは娘のように気にかけているパム・ウイロビーの身辺を警戒するが,パム本人はアメリアのそうした気遣いを束縛のように感じており,交際して1年になるボーイフレンド,セスと一緒に海外で暮らす計画を立てている。アメリアはもちろんこれに大反対,いわば冷戦状態に陥ってしまった二人に未詳の魔の手が…。

いや面白い面白い。序章からそれこそ縦横無尽に張り巡らされた伏線がひとつひとつ驚きとともに回収されていくカタルシスったら。けしてがっかりはさせないディーヴァー作品だが,これはひさびさ会心の作ではないかな。やっぱり登場するべき人物(これが誰かはネタバレになるのでここには書けないが)が出てくるとストーリーに一本スジが通るよね。うんうん。


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posted by hiro fujimoto at 08:30| Comment(0) |

2017年02月18日

ブックレビュー 「ゴースト・スナイパー」 ジェフリー・ディーヴァー著

ゴースト・スナイパー四肢不随の天才科学捜査官リンカーン・ライムもこれでシリーズ第10作目である。いや,これを書いてる時点ですでに11作目の「シャドウ・ストーカー」も出版されており,しかも白状するとそれを10作目だと思って先に読んでしまったりしてるのであるが,やはりブログで紹介するなら発表順だと思って急いでこっちを読んだのである。

リンカーンの住むニューヨーク,マンハッタンの遥か彼方,中米パナマ,ナッソー市内のホテルに滞在中だった一人のアメリカ人ロベルト・モレノが何者かに狙撃される。銃弾は部屋の窓ガラスを粉砕し,同じ部屋にいた彼のブラジル人のボディガード,そして反米活動家として著名な彼をインタビューしに訪れていたプエルトリコ人の記者を巻き添えにした。

事件の6日後,リンカーンはニューヨーク州地方検事補ナンス・ローレルの訪問を受ける。彼女はこれが米国の公的機関NIOS(国家諜報運用局)による暗殺であり,しかもモレノは単に反米的な意見を発表している論客でであるだけでテロリストではなかったという内部告発を受け,NIOS長官シュリーヴ・メツガーを起訴するための調査を依頼しに来たのだった。

例によって「魅惑的」な事件に餓えていたリンカーン,相手が連邦政府の高官と聞いて身を乗り出す…ことはできないんだっけ,闘志を燃やす。さっそくナッソー の警察当局に連絡を取り,現場で採取された微細証拠の提供を要請するのだが,この殺人事件,あちらでは既に麻薬カルテルの仕業として片づけられていた。

次にリンカーンは被害者モレノがナッソーに飛ぶ前,ここニューヨークで数日間を過ごしていたことに着目。彼が雇ったリムジンの運転手を探し当てたアメリアが彼と長い時間を供にしていたリディアという女性の存在を突き止める。一方,ナッソー警察との折衝に業を煮やしたリンカーンは遂に自らパナマへ飛ぶことを決心するのだが…。

この,リンカーンのパナマ行きがこの作品のサワリなんだが,とにかく当面の「敵」が政府機関であったり,被害者殺害の動機が「テロ防止」であったりという辺りにこれまでのシリーズにはなかった歯切れの悪さみたいなものが生じていて,ちょっともにゃもにゃっとした読後感が残るが,まぁこのシリーズに求められる「水準」はクリアしてるかな。

ちょっと微妙な言い回しになったのは冒頭にも書いたこれの次「スキン・コレクター」が文句なしの傑作だからでもあるんだけど。


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posted by hiro fujimoto at 11:13| Comment(0) |