2017年01月04日

映画レビュー 「ドント・ブリーズ」 フェデ・アルバレス監督

ドント・ブリーズ
かつて隆盛を誇った自動車産業の空洞化により人口減少が続くミシガン州デトロイト,失業率,貧困率が高止まり,全米有数の犯罪都市となったこの街に住む3人の若者,ロッキー(ジェーン・レヴィ),アレックス(ディラン・ミネット),マニー(ダニエル・ソヴァット)。

警備サービス会社に勤めるアレックスの父親のところから顧客の警報器をオフするリモコンを持ち出しては小さな盗みを繰り返しているが稼ぎはわずか。幼い妹と共にこの街を出てカリフォルニアに行く,という夢を持つロッキーはその資金が思うように貯らないことに焦っている。

そんなある日,マニーが盗品の故買屋から耳寄りな話を仕入れてくる。イラク戦争に出征して視力を失った老人が郊外の荒れた地区で一人暮らしをしている。娘が一人いたが大金持ちの車にひき殺され,彼は莫大な示談金を受け取った。銀行を信用しておらず金は自宅にあるはず。そしてその家は,アレックスの父親の会社と契約している…。

ロッキーとマニーはこれまでとは段違いの大きな仕事に尻込みするアレックスを説得。老人の飼う犬を眠らせ,首尾よく家に忍び込むが,異常に(ある意味当然かとも思うけど)耳のいい老人に気づかれてしまう。こうなれば脅して金を出させようと銃を出すマニー,しかし相手は盲目ながら元は優秀な兵士,あっという間に銃を奪いとりあっさり彼を撃ち殺してしまう。

マニーは残りの二人のことを口にしておらず,音さえ立てなければ老人に存在を気づかれることはない。そう思うアレックスとロッキーだが,この状況でそんなことができるほど冷静でいられるはずもなく…そして追われるうちこの老人の恐るべき秘密があきらかに…。

88分と短いが中身は濃い。つうか怖い。手に汗握るとはこのこと。この目の見えない老人(つっても筋骨隆々なんだけど)の動きが,カツシン座頭市みたいに「まるで見えてるような」ものではなく,ホントに見えないんだなとおもわせるとこがなんつかシミジミ怖いのである。

彼を相手に暗がりや遮蔽物は意味をなさない。生き残る唯一の道は「音を立てないこと」。てなわけで直訳すると「息しちゃ駄目!」つうタイトルになるわけだがこの言葉,まるで観客に向けてのようである。ラストシーン,観客席のあちこちから溜めてた息を吐く音が聴こえた,ホントです。


「ドント・ブリーズ」公式サイト

posted by hiro fujimoto at 08:14| Comment(0) | 映画

2017年01月03日

映画レビュー 「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」 ギャレス・エドワーズ監督

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー
スターウォーズの外伝…というかエピソード3.5というべきか。第1作「エピソード4/新たなる希望」でルーク・スカイウォーカーたちが破壊した帝国の超兵器デス・スターの弱点に関する逸話である。

デス・スター完成に先立つこと十数年,建造の指揮を執る帝国軍のオーソン・クレニック(ベン・メンデルソーン)は,妻子のために帝国を離れた優秀な技術者ゲイレン・アーソ(マッツ・ミケルセン)を連れ戻すため彼の住む惑星を襲う。妻を殺害しゲイレンの身柄を確保したクレニックだったが,山中に逃れた一人娘ジンを捜し切れず,ジンはゲイレン旧知のレジスタンス,ソウ・ゲレラ(フォレスト・ウィテカー)に救出される。

それから幾星霜,帝国の一員としてデス・スターを完成させたゲイレンは,その実クレニックへの復讐のためこの究極兵器にある致命的な弱点を作り込んでいた。彼はその情報を志を同じくするパイロットボーディ・ルック(リズ・アーメッド)に託してゲレラのもとに脱出させるが,長年の闘いを経て同盟軍ともたもとを分かち,独立ゲリラとして活動中のゲレラは彼の言を信じない。

この情報を掴んだ同盟軍は,成長後ゲレラの元を去り,現在は犯罪者として帝国軍に拘束されているゲイレンの娘ジン(フェリシティ・ジョーンズ)を脱獄させ,交渉の仲介をさせようとする。同盟軍のスパイ,キャシアン・アンドー(ディエゴ・ルナ)とドロイドK-2SOによって救出されたジンは要請を容れて惑星ジェダにゲレラに逢いに行くが,その星は今しもデス・スターがその主砲スーパーレーザーの試射の標的と選んだ星だった…。

結末に関する制約(この話がどういう結末を迎えるかはエピソード4を観たヒトは皆知ってる)はあるものの,それ以外の部分はかなり自由に作ってる感じ。ストーリーが過去に搦め捕られている印象の「エピソード7/フォースの覚醒」よりは楽しめた。盲目の剣士(ジュダイではなく単なる達人,そこがいい)イムウェ(ドニー・イェン)の座頭市的アクションもオレ的には吉。


「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」公式サイト

posted by hiro fujimoto at 13:29| Comment(0) | 映画

2016年12月25日

映画レビュー 「この世界の片隅に」 片淵須直監督

この世界の片隅に
昭和の初め,広島市に生まれた絵を描くのが好きな女性が,ふとしたことで見初められて呉に嫁ぎ,そこで戦争の日々を生きる。それだけと言えばそれだけの映画である。

もちろん空襲はあるし山の向うの広島に原爆は落ちる。でも主人公・すずさんはそうした時代の趨勢になんらかの影響を与えるわけではないし,また逆に,その時代にただただ翻弄されているわけではない。

「戦争をしていても蝉は鳴く」

この言葉に象徴されるように,戦争は,たとえば現代に生きる我々にとっての「円高(円安?)」だの「増税」だのとあまり変わらない位置にある「事情」ではあるがけして生活のすべてではない。そんなことにかかわりなく蝉は鳴き,腹は減り,ヒトは眠り目覚めねばならない。

その,ともすれば忘れられがちな「当たり前のこと」に映画は,綿密かつ執拗な取材に裏打ちされた圧倒的な情報量でリアリティを付与している。幼いすずが未来の夫と初めて出会う戦前の広島。道に迷って入り込んでしまう呉の色街。高台の家から見下ろす軍港・呉の景色。

観賞後すぐは「とにかくあんたも観なさい」と,いう以外なかなか言葉が涌いてこなかった。

この映画を観た時に似た感情を以前に一度味わったことがあるのに気づいたのは結構経ってから。ちょうど20年前の12月,仕事でアムステルダムを訪れ「アンネ・フランクの家」を見学した時だ。

本棚の裏側に隠された狭い階段,居室,小さなベッド,ここに隠れ潜む暮らしはもちろん「戦争の惨禍」ではあるのだが,同時にそこに残されているのは毎日の普通の食事,勉強,家族の団欒や葛藤の残響だった。

「戦争をしていても蝉は鳴く」

難しいな,やっぱり「とにかくあんたも観なさい」としかまとめられないわ。


「この世界の片隅に」公式サイト

posted by hiro fujimoto at 10:17| Comment(0) | 映画