2017年06月01日

映画レビュー 「夜空はいつでも最高密度の青色だ」 石井裕也監督

夜空はいつでも最高密度の青色だ

「舟を編む」の石井裕也監督の新作。2006年の現代詩手帖賞受賞者,最果タヒの4冊目の詩集「夜空はいつも最高密度の青色だ」が「原作」である。え,詩集が原作? と思ったでしょ?

もちろん「原作」の詩集にはストーリーはないので,この映画の物語は脚本も書いた石井裕也の創作である。なんというか,この詩集の言語世界が醸し出すニュアンスを映像化するためのストーリー? それが原作なのかといぶかる向きもあろうが,監督が「原作」としてクレジットしてるんだからそれでいいんだろ。

美香(石橋静河)は看護師,夜はガールズバーでアルバイトをしている。ある日その店にやってきたのが建設現場で日雇いとして働く慎二(池松壮亮),智之(松田龍平),岩下(田中哲司)の3人。慎二は無意味な言葉を連ね,岩下は酔う。いちばん世慣れた様子の智之が美香から電話番号を聞き出す。

昼下がりの現場,あれから美香と何度か逢ったことを楽しげに話していた智之が突然倒れる。そのまま息を引き取った彼の葬式,現れた美香は感情に押しつぶされそうになりながら「オレにできることがあれば」と言い出した慎二に「死ねばいいのに」と答える。

それからしばらくして,現場で怪我をした慎二は最寄りの病院に行って看護師姿の美香を見つける。声をかけ「また逢えないか」という彼に美香は「メールアドレスだけなら教えてもいい」と…。

早い話ベースは「ボーイ・ミーツ・ガール」なわけだが,この言葉から連想される…なんつか「ビバリーヒルズ高校白書」めいた明るさは微塵もない。美香も慎二もそれぞれの内にどうにもならない屈託を抱え,絶望と隣り合わせで生きている。

そんな映画のトーンに「ズブの素人」で「右も左もわからない状態」である石橋静河が誂えたようにハマっている。けして美人ではないが,美香というキャラクターにこれ以上ないリアリティを与えていて吉。美香の死んだ母親役でオガシラさんこと市川実日子も出てるよ(「シン・ゴジラ」クラスタ向け)。


「夜空はいつでも最高密度の青色だ」公式サイト

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2017年05月20日

映画レビュー 「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」 ガブリエーレ・マイネッティ監督

皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ
誤解しているムキもあるようだが,あの永井豪原作のアニメ「鋼鉄ジーグ」のイタリア版リメイクではない。なんつかアリモノの言葉で言えば,あれへの「オマージュ」ということになるんだろうが,ちょっとニュアンスが違う。ま,その辺は観てご自分で判断していただきたいと。

舞台はテロと組織犯罪が渦巻く大都会ローマ。この街の底辺でうごめくケチなちんぴらの一人エンツォ(クラウディオ・サンタマリア)は盗みを働いて追われているさなか,足を踏み外して市内を流れるテヴェレ川に。水底に沈められていた放射性廃棄物入りのドラム缶に嵌まって出られなくなる。

命からがら脱出して郊外の街トル・ベッラ・モナカにあるアパートに戻ったが体調がおかしい。震えと咳が止まらず,痰を吐いたつもりの手のひらは真っ黒。しかし医者にいく金もなく,ただ寒気と不安にさいなまれながらベッドで横になっているしかない。

翌朝,なんとか回復したエンツォは「オヤジ」と慕う盗品の故買屋・セルジョ(ステファノ・アンブロジ)のところへ。セルジョに誘われて運び屋からブツを受け取る仕事に同行するが,イタリア語の話せない運び屋の体内でヤクの袋が破れて修羅場に。

どうせ助からないから殺してヤクを取り出そうとパニック状態の運び屋に近づいたセルジョは隠し持っていた銃で撃たれて絶命。逃げようと後ずさったエンツオも肩を撃たれてビルの9階から転落,一巻の終り…かと思いきや,何事もなかったように立ち上がる!

家に戻ったエンツオは撃たれた肩の傷が早くも治癒しかけていることを確認,リクツは解らないがあの放射性廃棄物によって自分がとんでもないパワーを身につけたことを確信する。さっそくその能力で道端のATMをたたき壊し大金を手に入れた彼は冷蔵庫を好物のヨーグルトで一杯にして満足するのだった。

同じ頃,組織のボス,ジンガロ(ルカ・マリネッリ)は,セルジョが運び屋から受け取ったヤクを持ち逃げしたと判断。一人娘のアレッシア(イレニア・パストレッリ)から居所を訊き出そうと部下を引き連れてやってくる,が,少々知能に問題がある彼女は子供の頃から「鋼鉄ジーグ」に夢中。大人になった今もアニメと現実の区別がついておらず要領を得ない。

セルジョの最後を目撃した手前,見て見ぬふりもできないエンツォ(が,もちろん真実を言って通じる相手でもない),なんとかジンガロたちからアレッシアを引き離すが,彼のパワーを目にした彼女は彼をヒロシと呼び,帰ってこない父はヒミカに攫われたに違いない,父を救い出してくれと懇願する。

そうこうするうち防犯カメラに捕えられたATMをたたき壊すエンツォの姿(一応フードで顔を隠してはいるが)がYouTubeにアップされて大騒ぎに…とまぁ,こういう話なんだが,イタリア本国では「ついに我々の国にもスーパーヒーローが誕生した」と大評判で,2016年のダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞(イタリア版アカデミー賞)では最多7部門を受賞している。

あ,もうひとつこれを書いておかなくちゃ。「皆はこう呼んだ,鋼鉄ジーグ」というのは所謂「邦題」ではなく「原題」である。ちゃんと日本語でこう表示される。イタリア人観客が読めようが読めまいがこれが長編デビュー作の監督は知ったことぢゃなかったらしい。天晴れ。


「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」公式サイト


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2017年05月16日

映画レビュー 「ノー・エスケープ 自由への国境」 ホナス・キュアロン監督

NO_ESCAPE
アメリカ=メキシコ国境。まだ「壁」はないが,荒れ果てた砂漠地帯に有刺鉄線の「境界」が続く。かつてアメリカで働き妻子と暮らしていたが不運にも強制送還されてしまったモイセス(ガエル・ガルシア・ベルナル)は幼い息子と再び暮らすため,越境ガイドのロボ(マルコ・ペレス)に金を払い再びアメリカを目指す。

が,一行を乗せたトラックは砂漠で立ち往生。しかたなく徒歩でアメリカを目ざし歩き出すが,国境の有刺鉄線をくぐり抜けてほどなく,先導役のロボがもんどり打って倒れる。どこからか飛来した銃弾が彼の頭を撃ち抜いたのだ。身を隠すものとてない荒野(原題はまんま「Desierto」)で,不法移民達はに次々と倒されていく。

脚の遅い仲間を気づかったために遅れまだ平原につづく丘の上にいたモイセスは,連れの男を銃弾で失ったアデラ(アロンドラ・ヒダルゴ)という女と二人と身を隠すが,銃弾の主サム(ジェフリー・ディーン・モーガン)は,よく訓練された猟犬トラッカーと共にピックアップトラックに乗って執拗に彼らを追ってくる…。

ストーリーの骨子はスピルバーグの「激突!」に似ている。襲撃者の武器がライフルなので顔を見せないわけにいかず,顔が見えると必然的にその人物の複雑な「感情」が表出する分「恐怖」が減じてしまうのだが,そこをうまく犬で補っている。いや実際,この犬の「演技」は特筆モノ,飼い主に忠実であるという犬の「美徳」が飼い主の「悪意」を増幅する怖さは半端ではない。その分犬好きにはちとツラかったりするんだが。

監督のホナス・キュアロンはあの「ゼロ・グラビティ」(この邦題にはちょっともやもやするがしょうがない)や「天国の口,終りの楽園」の監督,アルフォンソ・キュアロンの息子。そう聞くと映画のテイストには通暁するものがあるな。

最後にひとつだけ。実はこの映画,本国メキシコでの公開は昨年(2016年)4月。つまりドナルド・トランプが大統領選挙に勝つどころか,まだ共和党の候補者にも指名されていないころ。製作は2015年なのでこの脚本はあの「メキシコ国境に壁を作る」というトランプの公約にはなんの関係もなく書かれたもの。なんだけど,たぶん日本への配給はトランプの「おかげ」だよな感謝はしないけど。

「ノー・エスケープ 自由への国境」公式サイト


posted by hiro fujimoto at 17:41| Comment(0) | 映画