2017年12月17日

映画レビュー 「オリエント急行殺人事件」 ケネス・ブラナー監督

オリエント急行殺人事件
1974年のシドニー・ルメット作品以来実に43年ぶりの映画化(TVドラマとかでは何度かあった。日本でも一昨年三谷幸喜脚本の「ちょっとトホホ」なのが)。

エルサレム(話題のエルサレムである。映画には関係ないが,なんでトランプはああいうことをするのかねぇ?)で三大宗教がらみの難事件(?)を解決した名探偵エルキュール・ポアロ(ケネス・ブラナー),イスタンブールで休暇を取る予定だったが,急遽ロンドンから呼び出しがかかり,旧知の鉄道会社重役ブーク(トム・ベイトマン)のツテでオリエント急行に席を取った。

一等に乗り合わせた多種多様な人々のなか,アメリカ人の富豪・ラチェット(ジョニー・デップ)という男がポアロの名声を聞きつけ,「自分は何者かに命を狙われている。護衛を頼めないか」と言ってくるが,この男の傲慢さに嫌悪を覚えたポアロはにべもなく断る。そして列車がブロド駅の手前で積雪のため立ち往生するなか,ラチェットは胸を刃物で滅多突きされた死体となって発見された。

ブークの依頼もあって捜査に乗り出したポアロだが,乗客たちの証言によれば彼ら全員にアリバイがある。が,スジが通っているようで矛盾もあり,また誰もがなにかを隠している気配も…。やがてポアロの「小さな灰色の脳細胞」は意外な,かつ論理的にそれしかありえない真相に辿り着くのだが。

原作,そしてルメット版でポアロの助手的役割を果たした二等乗客の医者を割愛,この役を原作のアーバスノット大佐を退役させてに兼任させた意図はよくわからないが,アーバスノットをアフリカ系の役者レスリー・オドム・Jrにしたことは乗客相互の緊張(ウィレム・デフォー演じたハードマンの言動など)を現代の観客にわかりやすくしていると思う。

ケネス・ブラナーのポアロは容姿かからしてオレの頭のなかにあるポアロ像からかなりかけ離れているのでどんなもんかと思ってたのだが,終盤になると「まぁこういうポアロもありか」という気になってくる。ちょっとマジメすぎる感じもあるんだが,もともとシェークスピア役者だからねぇ。

上記以外の出演者は公爵夫人にジュディ・デンチ(似合ってる),そのメイド,シュミットがオリヴィア・コールマン。ルメット版でイングリッド・バーグマンが演じた宣教師はペネロペ・クルスで彼女の容姿から名前もエストラバトスとスペイン系になった(元はたしかスウェーデン人)。被害者ラチェットの執事がデレク・ジャコビ,秘書がジョシュ・ギャレット。

家庭教師デブナムがデイジー・リドリー,外交官アンドレニ伯爵がセルゲイ・ポルーニン,その夫人がルーシー・ボイントン,自動車のセールスマン,マルケスにマヌエル・ガルシア=ルルフォ(この人も名前が変わってる。同じイタリア系に見えるので理由は不明)。そしてルメット版でローレン・バコールが演じたハバード夫人がミシェル・ファイファー。

全体の印象としては「古い酒を新しい皮袋に入れました」という感じ。日本映画でよくやる「原作と違う結末!」みたいな愚を犯さない賢明さと,74年当時は考えもつかなかったろうCGやドローンを駆使した(全部ドローンなのかも知れぬがオレにはよくわからなかった)車外の光景は買える。

あ,あともうひとつ,ポアロのファーストネーム「エルキュール」ってスペルが「Hercule」でラテン語のヘラクレス(Hercules)と一字違うだけなんだな。アメリカ人たちが彼を「ヘラクレス・ポアロさん」と間違えて呼ぶのは面白かった。

「オリエント急行殺人事件」オフィシャルサイト

posted by hiro fujimoto at 09:43| Comment(0) | 映画

2017年11月22日

映画レビュー 「ザ・サークル」 ジェームズ・ボンソルト監督

ザ・サークル
1998年に「エネミー・オブ・アメリカ」(トニー・スコット監督)という映画が公開された。とても面白い映画なのでまだの人には観ていただきたいが,概括すると「コンピュータリゼーションによる監視社会の恐怖」を描いた映画である。

昨年公開の「スノーデン」(オリバー・ストーン監督)では,「エネミー・オブ・アメリカ」が近未来の悪夢として描いた世界がすでに現実のものとなっていると「告発」した。オレもあれを見てMacのてっぺんにあるカメラを隠しているクチである。

そんな組織的,国家的,大々的なことでなくても,WEBにアップする写真からはEXIF情報(撮影場所の緯度経度が含まれる。昔はこれをちゃんと記録するカメラなんてあんまりなかったが,スマホでは普通)を消しましょうとか,背景から自宅を特定されます危ないですよみたいな警告記事をよく見かける。

が,だ。

にも関わらず,世のなかのトレンドは逆方向に流れているように思われる。バイト先での悪行を写真に撮りツイートしちゃう所謂「バカッター」は極端な例だとしても,SNSを見れば自撮り写真,どこ行きました,どこにいます,なにしてます,のオンパレードである。

もちろんオレのお友達はみんな,それらの「露出向け情報」と「大事にしたいプライベート」との間にきっちり線を引いているの(だろうと少なくともオレは推測しているの)だが,選択的であるにしても「プライベートの一部を露出することが『娯楽』になっている」のは事実だろ。

で,この映画である。

主人公メイ・ホランド(エマ・ワトソン)は急成長中のIT企業ザ・サークルの新入社員。入社間もなくCEOのベイリー(トム・ハンクス)はどんな場所にでも簡単に設置でき,映像をネット配信できる小型カメラ,シー・チェンジを発表する。

趣味のカヤックで遭難しそうになったところをこのシー・チェンジのおかげで救われた(誰にも言わずに海に出た彼女を沿岸に設置されたシー・チェンジが捉えていた)メイは,ベイリーの提案で起きている間の私生活のすべてをシー・チェンジで自分のフォロワーにシェアすることに同意。瞬く間に彼女はネットの人気者になるのだが…。

予定調和的でありながらいまひとつカタルシスの足りない結末をはじめいろいろと不満は残る脚本ではあるが,西海岸のIT企業の熱に浮かされたようなやたらにポジティブなイベントの雰囲気あたりは笑えないリアリティ。特にトム・ハンクスのやるプレゼンはあのスティーブ・ジョブズを彷彿とさせて一見の価値あり。


「ザ・サークル」公式サイト

posted by hiro fujimoto at 22:46| Comment(0) | 映画

2017年11月18日

映画レビュー 「ジグソウ:ソウ・レガシー」 マイケル&ピーター・スピエリッグ監督

ジグソウ:ソウ・レガシー
2010年に「完結」したあのシリーズの,なんていうのかねこれは,宣伝では「新生『ソウ』シリーズ第1作」とか言ってたようだが,内容的にはもろ「続編」だわな。

警察に追い詰められた逃亡犯エドガー・ムンセン(ジョサイア・ブラック)。彼は手になにかのスイッチを持っており「これを押せばゲームが始まる」と叫ぶ。刑事ハロラン(カラム・キース・レニー)は包囲した部下たちに,エドガーの腕を狙い彼を生かしたまま捕らえろと命じるが,誰かの弾丸が腹に当たってエドガーは重体に。

市内の公園で頭の上半分を電動ノコギリで切断されたとおぼしき男の死体が発見される。ハロランが検死官のローガン・ネルソン(マット・パスモア)を訪れると,ローガンは死体にきざまれたジグソーパズル型の傷を指差す。それは10年前に死んだ連続殺人犯,ジグソウこと,ジョン・クレイマー(トビン・ベル)の「署名」だった。

果たしてエドガーが「はじまる」と言っていたのはあのジョン・クレイマーの「死のゲーム」なのか? 傷口から発見されたUSBメモリから流れ出したのはまぎれもなくあのジグソウの声。「ゲームは始まった,4人の男女が犯した罪を償わなければならない」。

部下のキース(クレ・ベネット)と共に捜査を続けるハロランは,ローガンの助手であるエレノア・ハンナ(エミリー・アンダーソン)という女性が10年前の事件に異様に詳しく,犯人ジョン・クレーマーを崇拝しているかのような発言をすることに気づく。そして彼らの疑いを知ってか知らずか,エレノアはローガンを自分が遺族から買いとったというジョン・クレーマーの「アトリエ」に案内する…。

荒唐無稽ではあるが同時に理詰めでもあるシナリオのトーンは踏襲されており,「続編」を作るための多少の無理矢理感を除けば良くできている,のだが,やっぱり1作目,2作目あたりまでの特色だった「生理的嫌悪感を励起するようなゲームの設定」は品切れなのかなぁと。生粋のスプラッター・スリラー・ファンとしてはその辺ちょっと残念かな。

「ジグソウ:ソウ・レガシー」公式サイト


posted by hiro fujimoto at 16:59| Comment(0) | 映画