2016年09月11日

映画レビュー 「ジャニス リトル・ガール・ブルー」 エイミー・バーグ監督

Little Girl Blue
ジャニス・ジョプリン,1970年10月4日,ニュー・アルバム「パール」製作中にロスアンゼルス,ハリウッドのランドマーク・モーター・ホテルの部屋で死亡した。死因はアルコールとヘロインの過剰摂取。享年27歳。

ブライアン・ジョーンズ(1969年7月没)もジミ・ヘンドリックス(1970年9月没)もこの年齢で亡くなったため,浦沢直樹「20世紀少年」の主人公・遠藤ケンヂの言うように「本物のロッカーは27歳で死ぬ」という伝説が産まれた。いや,そう言われるようになったのは翌71年7月にドアーズのジム・モリソンが同じ27歳で死んでからかな?

その名前の大きさに反し,ロックスターとしての彼女の活動期間は呆れるほど短い。

1966年,サンフランシスコで結構人気のあったロックバンド、ビッグ・ブラザー&ホールディング・カンパニーに参加。67年にインディーズレーベルと契約してアルバムを製作するが鳴かず飛ばず。しかし6月に参加したモンタレー・ポップ・フェスティバルでのパフォーマンスで注目を集め,コロンビア・レコードと契約。

68年,コロンビアからリリースした「チープ・スリル」がゴールドディスクに輝くが,彼女はより分厚い音を求めてビッグ・ブラザーを脱退。ホーン・セクションを加えたコズミック・ブルース・バンドを結成,翌年のウッドストック・フェスティバルにも参加するが,直後にはこのバンドも解散してしまう。

70年,心機一転,新バンド,フル・ティルト・ブギー・バンドを結成し,6月から7月にかけてグレイトフル・デッド,ザ・バンド等とカナダ中を列車で移動する「フェスティバル・エキスプレス」に参加。

映画は,ステージでの姿とは裏腹に知的かつ手紙魔だった彼女が故郷テキサス州ポート・アーサーに残る妹ローラや家族に書き送っていた膨大な書簡を繙く形で始まる。容姿にコンプレックスを持っていた子供時代,自分を認めてくれる誰かを求めてたどり着いたサンフランシスコ。酒とドラッグの誘惑,やがて聴こえてくる,傷つきやすい少女の小さな小さな歌声。

モンタレー・ポップ・フェスティバルで彼女を見いだしたコロンビアの社長クライブ・デイヴィス,「パール」に納められた「ミー&ボビー・マギー」の作者クリス・クリストファーソン,グレイトフル・デッドのボブ・ウィアーらのインタビューを挟みつつ,エポックとなったパフォーマンス映像も豊富。特にあの「サマータイム」のレコーディング風景は圧巻だ。

終巻近く,彼女が高校の同窓会に出席するのに同行したテレビ番組が流れる。かつてクラスの笑いものだった少女が,いまや世紀のロックスター!という「絵」を期待したであろうカメラ。しかし,そこに映っているのは誰にも話しかけられず孤独な表情で立ちつくすジャニスの姿…。

映画のタイトル「リトル・ガール・ブルー」はもちろんアルバム「コズミック・ブルースを歌う」に納められたジャズのスタンダード・ナンバーだけれど,ジャニス・ジョプリンを描いた映画にこれほどぴったりの題名はないよね。最後はちょっと泣いてしまったぜ。

「ジャニス リトル・ガール・ブルー」オフィシャルサイト


posted by hiro fujimoto at 20:01| Comment(0) | 映画

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posted by hiro fujimoto at 00:01| Comment(0) | 日記