2016年09月28日

映画レビュー 「ザ・タワー 超高層ビル大火災」 キム・ジフン監督

ザ・タワー 超高層ビル大火災
首都ソウル,漢江(ハンガン)のほとり汝矣島(ヨイド)にそびえ立つ地上108階,448メートルの超高層ビル「ザ・タワースカイ」。快晴のクリスマスイブ,施設管理チーフのデホ(キム・サンギョン)は一人娘のハナ(チョ・ミナ)を仕事場に招待。自分が思いを寄せて再婚を考えているフードモールのマネージャー,ユニ(ソン・イェジン)に引き合わせようとしていた。

そんな中,厨房で小火騒ぎが発生。これがきっかけで60階以上のフロアのスプリンクラーに水が循環していないことを知ったデホは,やってきたハナの相手をユニに任せて急ぎ原因を調査。外壁をめぐる給水管の凍結を発見して上司に報告するも返事は「今日はパーティだ!」。独断で少しでも多くの消火器を集め始める。

やがてクリスマスパーティが始まる。派手な演出を好むタワースカイのオーナー,チェ会長(チャ・インピョ)は,上昇気流の発生を理由に飛行をしぶるヘリコプター部隊を政治力で動かし,晴天の空から人工雪を降らせてイベントを盛り上げさせるが,ヘリの一機が気流に捕まってコントロールを失いタワー外壁に激突。あっという間に大火災が出来する。

報せを受けて現場に急行する汝矣島消防署の面々,その中にはこの日この署に配属されたばかりの新人消防士ソヌ(ト・ジハン),そして過去に数々の現場で奇跡的な救助活動を成功させてきた「伝説の消防士」,カン・ヨンギ隊長(ソル・ギョング)の姿も。特にヨンギは,この火災が起きなければ結婚以来初めてクリスマスイブを妻と過ごせる予定だった。

ヘリコプターが突っ込んだのはスプリンクラーがまったく作動しない63階,ハシゴ車が届くのは19階まで。そこからは消防士たちが自力で火元に近づくしかない。65階のレストランで助けを待つハナとユニ。このパニックの最中,上階に住む国会議員夫妻とその飼い犬の救助を優先させようとする総指揮官。タワー崩壊の危機に動顛し中に人がいることを承知で防火シャッターを作動させるチェ会長。

基本はあの名作「タワーリング・インフェルノ」の現代版。レビューはどうしてもあれとの比較になってしまう。まず映像,従来の特撮技術にコンピュータ・グラフィックを加えた映像の迫力は素晴らしい。70階にあるツインタワーのもう片方への連絡橋のシーンなど思わず手に汗握ってしまう。あの問題作「光州5・18」のキム・ジフンが監督だけに,モブ・シーンの演出も見事。

ただ,惜しむらくは…これって韓国映画一般にその傾向があると思うんだが,善人に比べて悪人というか悪役たちの人物像が平板で類型的。金太郎飴よろしく人格のどこを切ってもロクデナシって人物は判りやすいがリアリティを損ね,物語に薄っぺらな印象を与えてしまう。チェ会長にしても国会議員にしてももそっとニンゲンとしてなんかないのか,という気になっちゃうんだよねぇ。

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2016年09月27日のつぶやき












posted by hiro fujimoto at 00:01| Comment(0) | 日記

2016年09月27日

映画レビュー 「危険なプロット」 フランソワ・オゾン監督

危険なプロット
新学期から従来のリベラルな教育方針が変更され,生徒全員が制服の着用を義務付けられたことに批判的な国語(フランス語?)教師,ジャルマン(ファブリス・ルキーニ)。担任となった2年C組の生徒たちが提出してきた宿題,週末の出来事を題材にした作文を採点中,他の子供とはあきらかにレヴェルの違う少年クロード・ガルシア(エルンスト・ウンハウアー)を発見する。

その作文によれば,体に障害を持つ父親と二人暮らしのクロードはいわゆる「普通の家庭」に興味を持っている。それがどんなものであるか知るために,親が学校に迎えに来るのを嫌がらない(つまりは育ちがいいということだ)クラスメート,ラファ・アルトール(バスティアン・ウゲット)に近づく。数学の苦手なラファにそれを教えることを口実に彼の家を訪ねたのだ。

自分の出した課題と格闘するラファを部屋に残し家のなかを「探検」するクロード。ラファの母親エステル(エマニュエル・セニエ)に「典型的な中産階級の女の匂い」を嗅ぎ,専業主婦である彼女のインテリア趣味を揶揄する。そのトゲのある文章に嫌悪を覚えつつ,ジャルマンは,そして彼にそれを読み聞かされた妻のジャンヌ(クリスティン・スコット・トーマス)も最後に記された「続く」の後が読みたくてたまらなくなる。

彼の持つ文才を言い訳に(つまりその真の動機が自分の覗き見趣味であることを否定しつつ)クロードに続きを書かせるべく文学の個人指導を始めるジャルマン,クロードの作文はラファの父母の寝室にまで「侵入」し,いよいよ危ない方向にエスカレートしていく。そしてジャルマンは,ラファが数学で赤点を取ってプロの家庭教師が雇われるともう続きを書けなくなるというクロードの訴えにラファのカンニングの手助けまで…。

クロードが書いているのはどこまで事実でどこから虚構なのか,それは果たして彼の意思なのかそれともジャルマンの指導の賜物なのか。虚実の境目はいつしか曖昧になってゆき,そして「結末」が訪れる。…いやぁ,なんつか徹頭徹尾フランソワ・オゾンですわ。このヒトしか書けない脚本,撮れない映画。好みはかなり別れると思うけど,傑作であります。

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posted by hiro fujimoto at 08:43| Comment(0) | 映画