2016年08月20日

映画レビュー 「カレ・ブラン」 ジャン=バティスト・レオネッティ監督

カレ・ブラン
いわゆる理想郷,ユートピアの反対語でディストピアというのがある。日本語ではなんて訳してんだろ,悪夢郷?

これ読んでるヒトに馴染み深いだろう辺りではジョージ・オーウェルの「1984」とか,ブラッドベリの「華氏451°」とか。これら2つも映画になってるけど,映画と言って思い出すのはキューブリックの「時計仕掛けのオレンジ」かリチャード・フライシャーの「ソイレント・グリーン」かな。近年ではマイケル・ウィンターボトムの「CODE46」つうのもあった,この「カレ・ブラン」もあの系譜に名を残すだろう佳作であります。

近未来とおぼしき高層ビルが建ち並ぶ都市。ラジオから流れる音楽の合間には「誰それが誰それを出産」というアナウンスが流れる。精神を病んだ母親がベランダから飛び降りて独りぼっちになった少年フィリップ(マジッド・ハイブス)は,彼女が最後に言い残した言葉「心を隠すことを覚えなさい」を胸に,同じような孤児たちが集められた施設へ。

誰とも交わろうとせず,心を閉ざしたままの彼はある日首つり自殺を試みて失敗する。傷も癒えた頃,手首を切って死のうとした少年と2人,女性教官の前に連れて来られ,床に置かれた黒い死体袋(それはフィリップの母親の骸が入れられ運ばれていったあの袋だった)に「入ってみたい人?」と問われる。手首を切った少年が手を上げて中に入ると,教官はフィリップに棍棒を手渡し「自ら袋に入るものに生きている価値はない」と袋の中の少年の撲殺を指示する。

10数年後,成人したフィリップ(サミ・ブアジラ)は組織のエグゼクティブとして働いている。彼の主な仕事はやってくる就職希望者をテストして「生きている価値のある者を選別する」こと。無数の電話のなかから鳴っている一つを選ばせたり,自分でスイッチを入れる電気ショックをできるだけ長く我慢させたり。テストに失敗したものは袋に入る。袋は工場へ運ばれ,彼の母親やあの手首を切った少年と同じように他人の血や肉になるのだ。

仕事は順風満帆だったが,あの日首を吊った彼を発見してその命を救った同級生のマリー(ジェリー・ガイエ)と築いた家庭は崩壊寸前だった。マリーは家に用意したベビーベッドや熊のぬいぐるみなどを窓から投げ捨て,彼の留守番電話に子供を作りたがらないことに対するうらみつらみを吹き込む。しかし結局はそれを保存せず,なに食わぬ顔で夫の会社のパーティに出席するのだった。

と,画面で何が起きるかを追っていってもちっともこの映画の怖さは伝わらないだろう。こりゃもう観てもらうしかありません。この「肺の裏側の骨を粗い紙やすりでゆっくりと削られているような怖さ」は解るヒトにしか解らない,だろ。

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posted by hiro fujimoto at 20:30| Comment(0) | 映画

2016年08月19日のつぶやき








posted by hiro fujimoto at 00:01| Comment(0) | 日記