2016年05月19日

ブックレビュー 「感染症と文明-共生への道」 山本太郎著

感染症と文明
「感染症」と聞いてまずなにを思い浮かべますか? 麻疹,風疹? ああ,子供のころに罹ったよね。インフルエンザは毎年違うのが流行してるみたいな気がするし,歴史的にはペスト,コレラ,そうそうそ,野口英世が研究しててやられた黄熱病もそうだよね。モノがウィルスであれ細菌であれ寄生虫であれ,なにかの感染によって引き起こされるのが「感染症」なのでその間口は広い。またその病原体が不明な段階では,感染症なのかどうかも議論になる。手塚治虫「きりひと讃歌」に出てくるモンモウ病は結局,感染症ではなく希土類(最近はレアアースと言わないと通じない)による風土病だったけ。

本書は,そういう感染症の研究者にして自らもアフリカ,ハイチなどでその対策のために働いた著者がその経験と最近の知見を集めて,しかしながらそれらの原因となる病原体ボクメツの方法を説くのでも,身の毛もよだつ被害の実態を報告するのでも,はたまた野口英世のように病と戦ったヒトの業績を紹介するのでもなく,いやこれらのすべてをちょっとずつ加味しながらだけど,もっとマクロな視点,ニンゲンと病原体……いやニンゲンだけぢゃないか,感染されるものと感染するものは実はイキモノであるということにおいて同じである,という視点からその関係を見つめ直した好著である。

え,そういう観念的なコトを言われてもピンと来ない? やっぱり来ませんか。書いててオレもそうかな,と思ったんだけどさ。例えば,である。マラリアってあるでしょ? 亜熱帯から熱帯地方に生息するハマダラ蚊が媒介するマラリア原虫(ちなみにマラリアって名前は「悪い空気」という意味のイタリア語から,だそうな)が引き起こす熱病である。昔の日本では「おこり」と言ってましたな。この本によれば,この病気の高流行地においては,そうでない地域よりも鎌状赤血球貧血性というヘモグロビン遺伝子の変異に起因する病気を持つヒトが多いんだそうな。

この遺伝子は劣性遺伝で,つまりホモ結合(父母両方がこの遺伝子を持つ)場合に発症,ほとんどの患者が成人するまで生きられない。が,ヘテロ結合のヒトは多少貧血になりやすい他は普通の生活ができる。で,このヘテロ結合のヒトの血液はマラリア原虫の増殖を抑制するのである。早い話マラリアに罹ったとき症状が軽い。ついでに言うとこの遺伝子変異は旧大陸の民族には広く分布しているが新大陸の先住民にはない。このことからコロンバス以前,南北アメリカにはマラリアはなかったと考えられている。

それが何の「例えば」なんだって? つまりイキモノとして,種としてより高い生存率を確保するための淘汰圧は感染する側(ほら,インフルエンザはすぐワクチンが効かなくなるでしょ?)だけぢゃなく,感染される側にもかかるということである。マラリアが蔓延する地域から無理矢理新大陸に連れてこられたアフリカ系アメリカ人は,マラリア原虫のいないアメリカに住んでるにも関わらず,今でもその五百人に一人がこの鎌状赤血球貧血性に悩まされている。

こうした淘汰圧はバランスだから,ニンゲンがある病原体を完全に撲滅すると新たなものが現れてそのニッチを埋めるかも知れない。逆に殺すのではなく共生する道はないのか。仮に発症すれば必ず死に至るような病原体でも,その潜伏期間が百年に延びたら,ほとんどのニンゲンがその生涯をその病原体と共存して平和に安寧に過ごすことができるやないか,というわけだ。

もちろん一人の医師として目の前の患者を完治したいという気持ちはある。しかし現在のバランスを壊すことによって出来する予想外の事態の可能性を思うと,我々は「けして心地よいとは言えない妥協の産物」として病原体との共生の道を模索するべきなのかも知れない,と。オレは賛成です。この考え方ってなんつかとってもアジア的だよね。

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posted by hiro fujimoto at 07:57| Comment(0) |

2016年05月18日のつぶやき












posted by hiro fujimoto at 00:01| Comment(0) | 日記