2016年05月14日

ブックレビュー 「光の場、電子の海-量子場理論への道」 吉田伸夫著

光の場電子の海
趣味の量子物理学シリーズもここまで来たかと,読了後しばし感慨にふけったくらい最先端,超難解,量子力学の(現時点での)完成形とも言われる「量子場理論」の一般読者向け解説書。まぁこういう本の場合,この「一般向け」ていううたい文句はたいてい括弧のなかに「当社比」と書かれてしかるべきというか,著者や編集者が世間一般のひとはどのくらい物理について知識があると思っているか,いや違うなそれぢゃ「一般」自体が不確定性原理の闇のなかに消えてしまう。オレのようにこの本を手に取るヒトの量子物理学に関する基礎知識をどのくらいのもんと見込んでいるかが大事なんだよね。

もちろんオレとコレを読んでるあなたのレベルも違う。だからここでオレが「このあたりはとっても分かりやすい」とか「この説明はこなれてて理解しやすかった」とかシッタカ半分の評価めいたものを書くよりも,最初からどんなことがどんな順番で説明されているかを紹介し,それをご自分の「一般人」としての知識に照らして,すぐ読むか読む前にもすこし勉強するか金輪際読まずに一生量子物理学と接点を持たぬまま生きてゆくのかを決めてもらったほうがいいと思う。いや読むには読んだが内容をかいつまめるほどの理解はオレもできてないので。

まず序章で著者は19世紀の終わりに物理学というものがどの辺りまで来ていたか,ということを解説する。19世紀末の巨人マクスウェルの業績をたどりつつ電子の発見まで。30年以上前のことなので定かではないが,高校1年の「物理T」で勉強するのはここらまでぢゃなかったろうか。続く第1章で時代は20世紀に入りアインシュタインが光量子論を発表,彼は光の粒子性と波動性は両立するものであるとした。しかしこの先見的議論は当初世に容れられず,研究者の目は電子に集中する。第2章ではボーアの原子模型,量子条件を論じる。第3章,ド・ブロイとシュレーディンガーの登場で量子条件の背後に電子の波動性が発見され,アインシュタイン正しかったみたいぢゃんとここで一段落。

第4章ではもう1つの道と題し,同じ問題に線スペクトルの観測値から迫ったハイゼンベルグ,ボルン,ヨルダンらの業績をたどる。この一派が出した結論がアインシュタインに「神はサイコロを振らない」という有名な台詞を言わせたわけだが,もし神がいるとすればそいつはどうしてもサイコロを振る,つうかサイコロ(確率)こそが万物の源とちがうか,と話は俄然ラディカルに…とか言ってるがこの章,ボルンの行列力学の辺りが数学的には一番難解で正直オレは「わかったこと」にして流し読みました。

で,第5章天才ディラックが書名にも使われている「光の場」という場の量子論を提唱,第6章,バウリのスピン理論を取り込んで「電子の量子論」を確立。自分の理論を踏み台にされたバウリは一念発起して,1929年,遂に「量子場の理論」により19世紀から続いた二元論を統一に向かわせる。この年,ディラックは独自の「空孔理論」というのを立ち上げて対抗するが結局敗れ去る(間違いだった)。この辺,コトが物理の理論の話であること以外は水滸伝みたい。血沸きニューロン踊るタタカイの物語。

そして第7章,バウリの「量子場の理論」が細かく解説され,第8章,残された問題に挑んだ朝永振一郎,シュウインガー,ファインマンによる「くりこみ処方箋」(オレ,何度読んでもこれはごまかしみたいな気がするんだけどな)。そして夢の統一論理,標準模型にむけて20世紀の到達点とも言われるヤン=ミルズ理論が紹介される…これは「素粒子が変転しながら相互作用する過程を量子場概念によって統一的に扱うもの」と言われてもナニガナンダカワケワカメだろうが,ここまでこの本を読み進んで来たオレにはナニガナンダカワ…くらいには理解きているのである。その程度を理解と読んでいいのかって? それはまた不確定性原理の闇の中かも知れぬけれど。

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posted by hiro fujimoto at 15:03| Comment(0) |

2016年05月13日のつぶやき














posted by hiro fujimoto at 00:01| Comment(0) | 日記